常盤色計画
常盤色計画>日向慶喜>1-1
不良。それは人間の不良品だとケイキは思っていた。工場で製作途中、廃棄されたものと自分にさほど変わることもないだろう。
食べ物ならばまだいい。ちょっとした傷があるだけならまだいい。形が不ぞろいだったからならまだいい。アウトレットとか訳あり品として、誰か必要としてくれる人間がいるかもしれない。その値段が格安であっても商品に価値があるのならましだ。
けれど人間はそうはいかない。
不良品は価値がない。社会のゴミだ。人に迷惑をかけるから悪だ。もう誰からも相手にされないから、結局そうやって不良同士でつるむ。
でもそうやって仲間がいるだけ、まだ認めてくれる人間がいるというものだ。
あれは12月の半ばだったと思う。
いろいろと一段落してさて、高校でも選ぶかとケイキなりに考えていたころ、ケイキは一人の女性に近所の甘味屋に呼び出された。
埼玉県でも数少ない観光地であったこの街はあまり風情ある甘味屋に困らなかった。その指定された時間に来ると店先で彼女は待っていた。
「久しぶりに君の住んでいる街に来てみたかったんだよね」
こんな冬場なのに胸元の大きく開いた服を着た女性と待ち合わせふとケイキは思い出す。
「この前、テレビでもやってたか?」
「えらいえらい、ケイキ。私のことよくわかってるじゃない」
そうやって頭を撫でられてしまった。もし彼女出なかったらケイキはおそらく避けていただろう。そもそも呼び出しにすらこんな寒い中応じない。
幼い顔立ちに茶髪にピアスの穴が左右に一つずつ開いている不良とゆわふるヘアの女子力の高い女子高校生がこんな隠れ家的な甘味屋にいるのを通りすがった人にはどう映ったであろう。
少なくともこの二人は姉弟ではないのだ。教育でつながれた赤の他人だ。
「さっさと入るぞ」
「遅れてきてその言い方はないわ、ケイキ」
暖簾をくぐろうとしたケイキの背後からそんな文句がぶつけられた。
「はぁ、遅れてねぇし」
時間ぴったりに来ただけだ。
「そんな恰好で体冷えるぞ。ワンちゃん」
一応気を使ってみたのだが……。予想に反して彼女はにやにやと笑っていた。
最も彼女と普段つるんでいる人間はそんな言葉をかけないだろう。
「あぁ、ケイキはやっぱり私が男にした男の子だわ」
そういいながらケイキの腕に自分の腕を絡める。
さすがにそれだけはケイキは振り払った。
中学三年生男子にその誰が見ても大きいと表現する胸の柔らかさは刺激が強すぎた。
「いらっしゃいませ」
愛らしい袴姿の店員が二人に声をかける。
「2名様でよろしかったでしょうか」
その日本語やっぱりおかしいなと思いながらもケイキは案内された席に座った。
「彼は抹茶セット、私抹茶フロートと特製抹茶パフェで」
席に着くなり注文をした正面に座った彼女にいくつか思うところはある。
こんな寒い中、なぜ冷たい飲み物とアイスのついたデザートを選ぶのか。ここは一番人気のぜんざいにするべきであろう。
そして、なぜケイキの分を勝手に彼女が頼むのか?
後、一番口に出しづらいがなぜ彼女はその大きな胸をテーブルに乗せるように座るのか。
しかし、それなりの歳月を過ごした間柄だ。もう何も言わない。
彼女は冬、暖房が利いた室内で冷たいものを食べることが好きだし、ケイキが甘いものが苦手なことも知っている。そして、すぐに行動派だ。
まぁ、胸のことは触れないでおこう。
「で、なに?」
ここはさっさと本題に入ってしまうのが一番だ。
「ケイキはせっかちね」
この人に言われたくない。
「お前、俺が今、この世界では中三だって知ってるだろう」
「だから呼び出したんじゃない」
新手の嫌がらせだろうか?そう相手を見つめると、彼女は割と真剣な顔をしていた。
「あなた高校どうするの?」
「なぁ、それって……」
実は本気で相談してみたかったこと。名目上の保護者にも、教師にも言っていなかったこと。それをこの人には……話してよい気がした。
「それは行かなければならないことか?」
「みんなは通うわね」
彼女は率直に言った。
「お前、高校行ってたっけ?」
1歳年上だから彼女はもう高校生のはずだが。彼女が高校の制服を着ているところを見たことはない。
「在籍はしているわよ」
なんだかその言い方でケイキは察した。
「あなたは高校へ進学するのでしょう」
「たぶん」
進学する理由はない。けれど進学しない理由もない。
理由がなく、みんなと違うことで後ろ指をさされることも気にもしない。けれど、それを今名義上の保護者に高校にも行かせてあげられないのかなどと周囲から、特に職場の関係で言われるのは嫌なことだ。
「どこへ行くの?」
「うーん、公立で近いところ」
「一番近くって……。あそこ県内で結構偏差値高いところだよね」
「別に面接はわからんが試験は問題ないしな」
学力的に問題はないはずだ。問題があるとしたら内申点がものすごく低いことだろう。
「まぁ、勉強ができるというのは、私たちの最低条件だからね」
大人の理想とする子供の最低条件。勉強をし、常に高得点を取り、大人のいうことは反論せずに素直に聞く。
それがケイキとこの女性の幼少期の環境だった。
学力は今でもあの時の知識があるため問題はないが、生き方には従えなかった。よって彼らは普通の人間になってしまった。
ケイキには後悔はないが、それでも生活環境が変わった時にはいろいろと困惑することが多かったが。
「公立なら金かかんないし、何よりあそこ制服ないから金かからないんだよな」
「あんたって結構、お金大事にしてるわよね」
「そりゃ、いくら現役で働いているとはいえ爺さんに迷惑かけたくないしな」
「じゃぁ、私立の特待制度使うのはどう?」
ちょうどそのとき、頼んだものが運ばれてきた。
会話を止めて商品が置かれるのを待ってから、会話を再開させる。
「特待制度とか、ワンちゃんなめてんのか?どこにこんな不良に金を出す学校があるんだよ」
「あるって言ったら?」
スプーンでアイスをつつきながら女性はさらりと言った。あまりにもいつもの調子で言ったからケイキは全く聞き逃していた。
「今、なんか言ったか?」
「だからあるのよ」
「お前の胸の話か?」
「そりゃ、あたし胸は人並み以上に大きいとけど、またくっつけてあげましょうか?」
なるほど、先ほどの入る時にひっついてきたのはわざとか。
「で、結局、なにがあるんだよ?」
「あんたでも入れるお安い私立高校」
「どこに?」
「君のお友達に情報屋の弟子いるでしょ」
「武蔵のことか?」
「あの子がスパコンの置き場と引き換えに学校のシステム作ったところがあるんだって」
武蔵小次郎。主に中学の時からの付き合いだが、あの異常体質を有効活用している友人は大概にめちゃくちゃな能力を持っている。なぜあれだけの技術を持ちながら和泉巽に認識さえされていないのかわからないほどだ。
「どこそれ?」
「芦原高校」
ケイキは模試でそこの名前を見たことがあった。なぜさほど高校選びをしていない彼が覚えていたかといえば、小次郎が関わっているという理由ではなく、その高校だけなぜか異常に科が分かれていて、受けさせられた模試の際に目を引いたからであった。
「たぶんあそこ小次郎が行くんだろう。だから行けってか?」
「まぁ、ケイキの数えるほどしかいない友達だもんね」
余計なお世話だ。
「でも、そうじゃなくて、あそこの今年度理事長代わってさ。そいつ私と知り合いなのよね」
「ワンちゃんの知り合いってロクなのいないよね。それなんて言う極悪経営者?」
「あら、あいつは私の援助者の中でもまともなほうよ」
この女性の援助者とかやっぱりろくでもなかった。
それでも彼女はストローから口を離すと、急に険しい顔になった。
「例の計画がつぶれて子供たちの管理権が浮いたでしょう。その子供たちが野放しになる前に学校という枠に入れて管理しようと彼はしようとしているの」
例の計画の話は大嫌いだが、彼女からでは聞かないわけにいかないだろう。
「そいつは第二の計画でもしようとしているのか?」
率直に思いついたことを言うと。
「言ったでしょ。この私側の人間だって」
なるほど。ではよほど度胸のある人間だ。80人近くいる特殊な人間を自分の学校の中で管理するなど正気の沙汰ではない。
それほど和泉巽をはじめとする計画の子どもたちが危険なことを知っている。
そして一瞬脳裏に誰かの顔が浮かんだが、ケイキは静かに頭を振ってそれを追い出した。
人類史上最低人間和泉巽より思い出したくもない顔を。名前を。
「どうしたの。ケイキ」
「いや、話を続ける。お前がそこに入れっていうのは、俺もその悪徳経営者と計画してのことか?」
「いえ、ただ、私と新しい理事長の意見が一致したからよ」
ケイキの意見は無視らしい。
「理事長としては当然先代までのような学校経営はできないことは承知している。だから外堀、内堀を固めたい。それに表立って教師が出ていけない事態だってあるでしょう。それを生徒にやらせたい」
「そこに俺は必要か?」
「あなたは私と同じ人間。彼らの思考を比較的読みやすいということが大きな理由ね」
「あのなぁ。あの異常者たち80人を俺一人で相手しろっていうのか?」
だとしたら買い被りを超えている。彼女のわりに現状が読めていない。
「私が調べたところ、最近あの理事長、ウィーンに飛んだらしいわ」
一瞬意味が分からなったが、現段階でウィーンに知り合いは一人しかいない。
「あれ、呼び戻すのか?」
もし、エマーニュエル・周防を日本に呼び戻せるのならば、河内洋治も同じ学校に入るだろう。エマはともかく、洋治はとてつもない戦力だろう。
「あと、『とんでもない人間』も引き込もうとしているらしいし、どうにかなるんじゃないかしら」
「とんでもないの?」
とりあえず思い当たらない。が、ケイキとしては気にすることはないだろう。
「私としてもあの子供を塀の中……いえ学校に入れてくれるのは助かるわ」
今確かに塀の中って言った、この女。
「あなたからの情報があれば、私たちも動けるし。私にとっても悪い話じゃないわ」
彼女は横に置いていたカバンから大きな封筒を指し出した。
「なにこれ」
「願書書いて送っておいたから」
「おい」
行動早すぎるだろとケイキは心の中でツッコむ。
「だからちゃんと受けてね。あ、これ命令よ」
「なんで俺がそんなことを」
「受験は命令だから」
にこりと微笑まれると逆に怖い。幼少期、ワンちゃんワンちゃんと彼女になついていた純粋なケイキにとっては黒い歴史を知っているこの女性は保護者より怖い。
「受けるだけだからな。落ちても知らねぇよ」
あきらめて一応封筒は受け取る。
「君がちゃんとした格好で真面目に面接受ければ落ちることはまずないだろうけど」
絶対金髪にして、ピアスの穴も増やしてやるとケイキが決心したのはこの時である。
「あぁ、そうよ。偉い子ね。私の大好きなケイキ」
ケイキはこの瞬間彼女の言いなりになる気持ちは全くなかったけれど、結局脱出退路をもう閉ざされていたことを知るのはおよそ一か月後の受験の時となった。