常盤色計画
常盤色計画>武蔵小次郎>3-1
「武蔵さん」
放課後、校長室でパソコンを小次郎がいじっていたら、いつの間にかさくらがいた。本当に気付かないうちに彼女は自分の分だけお茶を入れて、(もっともパソコンをいじっているところに密閉式以外の飲み物を持ち込むことはしたくないが)自分の席で飲んでいた。
おそらく彼女はずっと前から来ていて、ある程度小次郎の集中力が薄れたところで声をかけたのだろう。
「あ、上総さん」
「先ほど昼間のお話ですが……よろしいでしょうか?」
確かに昼食時に学食で柴田の交友関係を調べられるところまでお願いはした。彼女は特に嫌な顔をしなかったが何か要求されるのだろうか?それとも何か問題があったのだろうか。およそ4時間前の話で彼女も授業もあったのでまさか調べつくしたということはないだろうが。
「大丈夫……だけど」
相手が女性であったから、小次郎は少しだけ心の中で身構えてしまう。
女性は……苦手だ。
「あ、席を移らずに結構です。そのままで」
「ああ。……それで何かあった?」
「はい」
これは断られるだろうか?そう小次郎が想像していると、彼女はほんの少し顔を傾けてほほ笑んだ。
「あの方、ご友人といえる方がほぼいらっしゃらないのですが……」
「え、あ……」
一瞬何を言っているかわからずにぽかんとすると彼女は少し驚いた顔をして、
「柴田様にはこの学園に特別親しくされているご友人というものがいないようです」
言い直したほうが、響きとして毒があった。
「上総さん……」
「なんでしょう?」
「えっと、調査は無理ってことかな?」
遠回しに断られているのかと思いきや、
「はい。そうですね」
彼女はあっさりと肯定。
「だってご友人がいないのですもの」
「ちょっと待って」
さくらの言い方がなんだか気になって小次郎ははっきり確かめることにした。
「あの昼ごはん食べているときに調べてって言ったことだよね」
「はい。武蔵さんが柴田様の校内における交友関係を調査せよと仰せになった件です」
「うん。わかるけど」
わからない。彼女が言わんとしている真意が。
「はい。調査の結果、ご学友はいないとたどり着きました」
小次郎は絶句した後、
「まじで?調べた結果?」
「はい。我が家名にかけて調査結果を申し上げております」
ならばそういうことと納得せざるを得ないだろう。
上総さくら。理事長の肝いりでここにいる彼女がそう言うのなら間違いないのだろう。
「それだけでは信用に値せずと思って、私ももう少し調べてみたのですが……」
「どうだったの?」
「やっぱり必要最低限の友人関係もないようです」
ひどい現実しか返ってこなかった。
「あの方はお勉強にとても執着していらっしゃるようで一年生の時から基本的に一人で行動。部活動の所属なし。基本的には放課後は図書室で勉強、そして夜は深夜まで塾です。昨年、全国高校生模試一年生でありながら総合トップだったらしいですよ。まぁ、すごい」
最後の言葉に全く感情はこもっていなかったが、そのあたりは無視しよう。
「見かけによらずめちゃ頭いいんだ」
「テストはできるようですね。けど、今年の模試は失敗したとのこと」
「今年……」
ふと気になって小次郎は検索を始めた。
「いかがいたしました?」
「今年テストの順位は落ちるだろうしなって思って」
彼女も気づいたような顔をした。
普通の試験なんてない。そんな予感がした。
シークレットボックスを探し出して、こじ開けてファイルを見る。
そしてその成績表を即座に分析した。
「はぁ」
やっぱり案の定だった。これは彼女に見せたほうが良いだろう。
「上の画面に少し前に行われた国内総合テストの総合成績順の順位表を出すから見てよ」
パッと映し出された順位表を見て常に微笑みで彩られている彼女の顔は一瞬で能面になった。まぁ、無理もない。
「これは本物ですか」
「そうだよ」
小次郎はパソコンを操作して画面を下にスクロールする。そして50位以降のメンバーが現れたところで止めた。
ちょうど53位には件の柴田の名前があった。
「実質3位ならば素晴らしい成績といってもよいのではありませんか?」
そうだろう。かつて1位だとしてもそれが3位ならばさほど彼は気に病むこともなかったかもしれない。向上心があれば勉強をしただろう。
しかし数字として、公式で現れた結果は53位だ。
ただそれ以前が異常なだけなのだ。
1位に和泉巽の名前があった。圧倒的な満点。まぁ、あの男ならば余裕であろう、と小次郎は知っている。だが異質なのはそこからだ。
2位が永遠と並ぶ。50人ずっと同率2位だった。満点からマイナス5点。それがきれいに並ぶ様は異様としか言えない。その結果が出たものはもしかしたらもう一度採点をやり直したかもしれない。それでもきれいに彼らは満点から教科こそバラバラだが総合点がマイナス5点という結果になっていた。
それは見るだけで気持ち悪かった。きっと事情を知っている小次郎が思ったくらいだ。見知らぬ模試の運営者や特別な思いで見つめるさくらにはもっと気持ちが悪いものに見えたに違いない。
ここからさくらは表情を変えるしかなかった。
「あぁ、嫌悪とかそんな言葉よりももっとふさわしい言葉が……みつかりません」
俺もだよ。同調したかったが、彼女はそんな思いの共有すら嫌がるだろう。小次郎は言葉を飲み込んだ。
「これはおそらく彼らからの宣戦布告なのでしょうね」
「誰に対して?」
「我々の」
「我々の中に俺は入っているかい」
彼女はほんの少し視線を下げて、ええ少しと答えた。
「おそらくこの2位の全員が例の計画の残骸でしょう」
残骸。響きがひどい。
「その全員がこの程度の試験満点で突破できる能力を持ち合わせている。そういう物です」
物扱い。やっぱりひどい。
「そして示し合わせて5点引くことであくまでも彼らは一番は誰かを見せつけています」
小次郎はなるほどと思いながら2位のメンバーの成績を見た。彼らは総合では同じ点数ではあるが、減点の位置は違っている。
もっともこのテストを見たことはないが。最悪の展開として思いついたのが、示し合わせて5点減点になることであえて誰が一番かを示したこと、そして己の判断でその点数をどこで引くかを判断したことになる。
それだけの知識があって、テストの採点基準を見抜いた彼らに小次郎はさくらのいう「嫌悪」より「気味の悪さ」を感じた。
「ねぇ。武蔵さん」
その呼びかけに彼女のいつもの柔らかさがなく、小次郎はどきりとした。
「昨日、柴田様がここに来た時にお茶会のメンバーの人数や男女構成比までおっしゃってましたけれど、以前の方にはそのようなことをおっしゃってはいませんでしたよね。なぜ昨日はそのような敵に手を明かすような真似をしたのです」
無論それには理由がある。
「それは……」
「待って!」
急にタキリが二人の間に割り込んできた。いつの間に現れたとか、もうそんなこと二人は気にしない。
ただ、タキリはこの緊迫とした話の中、急に割り込んでくるような空気が読めない者では少なくともないはずだ。
「コジロー。特進科の図書室が!」