常盤色計画
常盤色計画>武蔵小次郎>5-1
8年前の自分がもし目の前にいるのなら、小次郎はその子供に声をかけてやりたい。
いろいろなことが重なって、頼りにする母親にすら捨てられて。たぶん、彼女からしたら育児ノイローゼだったのだろうが、それでも子供を死なせていい理由になるのだろうか。
普通の子供より圧倒的に劣っていて、泣き虫で手のかかる子供であった自分はあの女性から見て可愛くはなかったのだろう。
今だって、つながりは「金」だけだ。
それでも、今の自分は良き友人に恵まれ、よきパートナーに恵まれ、この体を生かす方法も教えてもらって、高校生をやっている。
それは学校に行けなくなった小学校時代から比べれば信じられない「普通」なのだ。
そんな「普通」を小次郎はとても大切にしたい。
だから、自分の傷に触れないでほしい。これ以上自分に立ち入らないでほしい。
そんなことはきっとわがままなのだろう。
この傷はもう小次郎の性格を形成してしまった。もうどうしようもなく、これを壊すにはもう一度それ以上の何かで今の小次郎を一度壊さなければならないだろう。
それはいずれ必要なことかもしれない。
臆病な自分はまだ子供で、大人になるためにはまだ破らなければならない殻があるのかもしれない。
けれど、まだいい。
少しくらい自分だって普通でありたい。
それが子供じみたわがままで何が悪いのだ。
小次郎だってまだ夢を見ていい歳だと思う。
俺特別!俺最強!なんてこともう思わないけれど。人と少し変わっているのは事実として、これは体質なのだからもうしょうがない。仲間内の中では小次郎は少なくとも学校内では無名人だし、洋治がいなかったらエマとは、理事長が違う人だったらさくらと高校内で話す機会はなかっただろう。
そんな人間が高校になると友達になるんだとあの頃の自分に言ったら……。
「泣き喚いて俺を否定するな」
けれど、幼い小学生にそのために支払はなければならなかった物を告げたらきっと泣いて嫌だと駄々をこねるだろう。
夕暮れの人払いをした無人の教室で小次郎は小さく笑った。
まだあと5秒は笑っていられるとタキリは教えてくれた。
そう、今はタキリがいる。
自分から小次郎のためになりたいから一緒にいさせてくれといった子が。
ともに精神的に成長を続けた大事なパートナーが。
彼女を思いながらゆっくりとため息をつく。
そのとき、窓辺にいた小次郎の正面にあったドアが横に開く。
「あっ」
やってきた柴田は驚いたように声を出した。
彼はただ驚いているようだった。昨日、見せた失態は小次郎は知らないと思っている。現場にいたのはエマ、洋治、そしてケイキだ。
小次郎はモニター越しに見ていただけ。だから、彼は小次郎相手に油断したのかもしれない。
「ピンクの髪の女の子の姿を見かけたから……」
ここに来た理由を素直に答えた。
「うん。俺がタキリに頼んだ」
「あの子、何科の子なんですか?」
ピンクのリボンをしているから気になったのだろうか。
小次郎は少しおどけてその問いをはぐらかす。
「タキリに恋をしてもだめだよ。あいつはダメだ」
「え?」
その正体を教えたら、彼は驚くだろうか?もし、彼が本当に好意を持っていたら申し訳ないので、話を戻そう。
「ケイキに聞いたよ」
「ケイキ?」
「昨日の夜の公園のこと」
彼は何で知っているんだと、言葉には出さなかったが、顔色だけですぐにわかった。
「ケイキは俺の友達で……彼も仲間だ」
「え?」
「だから、書き込みログインの宮原先輩を追っていた」
「……」
「柴田先輩。やっぱりあの書き込み自作自演ですね」
彼は下を見て、じっと床を見ていた。だから表情はいまいちわからない。
「教えてください。なんでそんなことを?和泉巽に脅されたんですか?」
「別に」
なにか柴田は吹っ切れたかのように言葉がぶっきらぼうだった。