常盤色計画

小次郎
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常盤色計画>武蔵小次郎>4-1

   小次郎がいつもより一時間早く起きると資料はすべてそろっていた。
    それを手に小次郎は学校に向かう。朝ご飯をパンで済ませ、父親に先に出る旨を書いたメモを置いて家を出た。バスも電車もいつもよりすいていた。
    道中、ニュースをチェックしたが特に目立った記事はなかった。
    この時間は特進科が朝の特別講座があるから紫色のネクタイをした人間が何人か歩いていた。
    小次郎はそこから離れて教職員棟のほうに向かう。
    まさか、あんなところに穴があったとは、思っていなかった。
    やっぱりインターネット社会とか言われているが、全てがネットで解決できるわけでもない。
    メモを見ながらたどり着く。
    教職員棟の入り口から50メートルほど離れた屋外にそれはあった。
    それは教職員用の掲示板だった。表には教職員に対するお知らせは貼ってある。
    「掲示板には掲示板とは考えたね」
    アイディアの先はわからない。和泉巽かもしれないし、そうではないのかもしれない。
    そんなことはどうでもいい。小次郎は掲示板の裏側に回り、はがれかかっているプラスチック版をめくってみた。
    「これか」
    そこにあったのはインシャルと電話番号、そして三千~一万の間で推移する数字列だった。その多くは五千になっている。
    ところどころ塗りつぶしたような跡もある。また、つよくシールが張ってあるメモもあった。
    もしこれが値段だったとしよう。柴田が持っていたのは三万であるならば、三週間分ということになるのだろう。柴田のことが掲示板に書かれ始めたのは三週間以内。
    もし1万のものを買ったのならば、計算は合うはずだ。
    まさかこんなものが売買されているとは思わなかった。
    学校内コミュニティ掲示板のログインアドレス。生徒暗号がログインIDとなるため一人一つが原則だったが、こんな抜け道もあるらしい。
    使わない人間が貸し出し、2つ使いたいものはここで連絡を取り借りる。保護者の情報を使った8桁パスワードはあくまでも初期パスワードだから、人に貸し出すときに簡単なものに変えればいい。また、そのIDが戻ってきて、他人に貸し出すときはまた、パスワードを変更すればいいだけのこと。
    いや、そもそも貸し出す人間が使わないのならパスワード変更などいらないのかもしれない。
    金額が金額とはいえ、よくも個人情報を切り売りできるものだ。小次郎はその危機感のなさに不安が沸き上がった。
    いつまで感心しているわけにはいかない。その掲示板の一部を写真で撮り、小次郎はタキリに向けて写真を添付して送った。
    「ん」
    その前にタキリからメッセージが届いていた。
    開いてから、小次郎はあまりのタイミングの悪さに声を殺して笑った。
    「これはこれは」
    メールに気付くのに遅かった。
    「おはようございます。えーと」
    和泉の顔はわかるのだが、それ以外の顔はあんまり覚えていない。だが、生徒会の腕章が巻いてあるので所属とそれを指図した人間はわかる。
    女子生徒と男子生徒のコンビだ。話しかけたのは女子生徒のほうだった。
    「工業科1年3組、武蔵小次郎ですね」
    「そうです」
    「そうですか。会長に身柄を確保したと連絡なさい」
    男子生徒より女子生徒のほうが上司であるらしい。彼女はごく自然に命令し、男子生徒もごく自然にスマホを取り出し、電話をかけている。
    もう小次郎単独では手が打てない。やはり迷惑でも誰かに付き添ってもらうのであった。早朝一人で行動することがどれだけ危険であるかは和泉巽という人間を知っている以上、わかっていたが。
    もうこれではどうしようもない。
    ならば自分でどうにかしなければならない。
    「なに?用?」
    精一杯虚勢を張る。
    「黙っていなさい」
    いくら生徒会の人間であろうと一般生徒にしか(表向きは)過ぎない小次郎にぴしゃりという態度にはどこか、歪んでいる人間性を感じた。
    だからこそ、わかった。

   あ、俺、結構ピンチだ。

   拷問とか死亡とかいろいろ悲惨な結末をもう覚悟しておいた。大げさに聞こえるかもしれないが、これが彼らの本質なのだ。
    男子生徒が電話を終え、女子生徒の耳元で何かをささやいた。
    「そうですか。ではそのようにします」
    そう男子生徒に言った後、今度は小次郎を見据え、
    「会長の和泉様より生徒会室にご案内するよう仰せつかっております」
    「はい」
    小次郎は二人には見えない形でタキリに物理的に助勢を求めた。

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